2014年7月14日 (月)

解釈とは何か?

なるほど。憲法を解釈するんだと(笑)。
そこへ公明党が乗ってきたんだんと?

公明党は創価学会とは関係ない?(笑)フフフ?

憲法はどうでもいいよ(笑)。

本門の本尊ってのは、何なの?

本門の戒壇ってのは、何なの?

本門の題目ってのは、何なの?

つまり、三大秘法ってのは何なの?

・・・公明党で、信心してるヤツで、オレにこの法論かかってくるやついたら歓迎だけど(笑)。

絶対いないね。憲法の解釈より厳しいかんね(笑)。

いつでも相手になってやるからかかってこい。

なぜなら、てめえらが、本当に守るべき若者を、犠牲にすることもやむを得ない、という選択をしたからだ。

神風に殉じろ。

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2014年6月25日 (水)

夏来にけらし

 はじめに、タイトルに深い意味はない。
 そしてまたはじめに、大前提として、結婚して子どもをもつということは、まぁいろいろと大変なことはあるけれども、結局誰もが誰かの子どもとしてこの世に生を受けたことを思えば、まぁそれはいいもんだよ、と周囲に勧めるぐらいのことでしかないことを確認しておく。

 さて、都議会のヤジ問題について思ったことを書いてみようと思う。

 ヤジを受けた議員と、その同僚議員がtwitterでその感想を拡散し始めたことを、僕はfacebookで知った。
 しかしヤジの一言一句が一次情報としてなかなか入ってこない。これを動画や音声で確認しないことには、もう何度も蒸し返さなくてもいいんだが(笑)例のヨネナガ問題と同じことになってしまう。いや、そこまで遡らなくても、イシハラの「金目」発言も似たようなもんだ。とにかくハッキリと何を言ったのか知りたかった。

 そして何となく、問題はおかしな方向へ転がり始めた。
 誰が言ったのかという犯人探しが始まったわけだ。

 ところで、イシハラが「金目でしょ」と言ったとか言わなかったとかと言われ始めたとき(笑)、それはぶらさがりの取材時のことで、また言葉尻をつかまえてどうこうということになるんじゃないかと思った。記者はその場で突っ込むべきだと思うのに、あるいはその場ではこの発言の異常さに気づかず、件のICレコーダーを後から聞き返して「あっ!」と気づいたのかもしれない。

 都議会を取材、傍聴していた記者はいなかったのだろうか。どうして女性議員のツイートばかりが記事に引用され、まるで記者自身は確認していないが、「女性議員のつぶやきによれば」みたいなアホな報道が先行してしまったのだろうか。ま、最近この手の記事が多いけども。あるいはその場(議場)ではこの発言の異常さに気づかず、件のICレコーダーやネット中継を後から聞き返して「あっ!」と気づいたのかもしれない。

 やがてイシハラが謝罪し、ヤジった自民党議員がシブシブ認め、と流れていく。

 もちろんお前とお前は即刻クビだが、これらの発言がその場ではスルーされてしまったのではないか、という点は押さえておく必要があると思う。
 
 話は少しそれるが、海外特派員協会で記者会見した女性議員を「世界に恥を振りまいた」とたたくフィフィとかいう3流タレントの発言に、自民党議員が賛意を示してFB上でシェアとかしまくってるけど、お前らがそんな反応するのはどう考えてもまだ早いだろ。ていうか、なんで短絡的に反応しちゃうの?ヤジと一緒じゃん。大人しく様々な立場からの発言を聞くということができんのか、お前らは(笑)。

 話を別の角度から。

 例えば、少子化問題の深刻さを訴える安倍首相に今回同様のヤジが飛んだらどうだろうか。品の悪さじゃ、決して都議会にもひけをとらないはずの与野党国会議員諸君はなぜしないのか。

 晩婚化、少子化についてとりあげていたあの女性議員がそうヤジられて悲しくなったというのは、まぁ最初の反応としてはそれでいいかもしれないが、結局「確かにそうだ」、と自分に関わる問題として、どうして受け止めなかったのか。犯人探しするより、よっぽど社会的な効果はあったんじゃないか。

 僕の考える大前提をもう一度確認するならば、結婚し、子どもをもつ生活をすることは、あくまでも個々人の自由意志によるものであって、そうする人の数が多いとか少ないとかいうのは誰にとっても「大きなお世話」である。

 僕だって周囲に勧めてみたりはするけれど、それは決してこの国のかたちとやらを微塵も念頭に置くものではなく、ただ酒の肴程度に、独身の呑み友達をからかってみたりしているだけだ。

 つまり、安倍首相に子どもがいなくても、女性議員が未婚でも、大きなお世話である。勝手にすればいい。

 誰もこの国の行く末なぞを憂えて、結婚したり出産する必要はない。皇族も政治家も、ゲイもノンケも、老いも若きも、男も女も。

 しかし、安倍首相と女性議員に限らず、社会の多くの人が、とりあえず自分のことは棚に上げて、このことを政治的な、または経済的な問題として取り上げている、ということもまた事実だ。

 それは結局、社会保障や、経済発展や、富国強兵なんかを、ある程度この国の中で収めようとする人たちの考えであって、本当にこの島に誰もいなくなっちゃうようなことになるなら、どこかに引っ越すと思うけどな(笑)。

 とにかく、このヤジ問題はやりかたによってはそれをきっかけにして、いろいろいい議論ができたはずなのに、そのボンクラさゆえに多数派になれない開発途上政党が、「音声分析」とか言い始めちゃったもんだから、ずいぶんもったいないことをしたと思う。

 ともあれ、自民党諸君は全員、しばらく謹慎は当然。

 
 

 

 

 

 

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2013年11月 2日 (土)

秋深し

 金曜日までの締め切り原稿があったので、山本太郎のことは横目でしか見ていなかったのだが、その後、報道や会見をチェックしたので、感じたことをブツブツと。

 ニュースを聞いて思い出したのは「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」(首相官邸HP)っていう4月のイベントで「想定外」の「天皇陛下万歳」の声があがったこと。
 もうひとつは2004年、米長邦雄が何か言ってたことあまり中身はないが拙ブログ

 中でも米長の件が、同じ秋の園遊会だったことは、この季節になるとなんだかみんなムズムズしちゃうのかなって感じだ。
 
 僕の意見としては、山本太郎のやったことは、アホとしか言いようがない。もちろん想定外にバンザイの音頭をとった輩も、ヨネナガも同じようなアホ。
 
 でもさ、普段から天皇に手紙出してる人っていっぱいいるんじゃないの?「千代田区千代田・・・」で届くよねきっと(笑)。もちろん宮内庁にためこまれるんだろうけどさ。

 他にも災害とかあったときに天皇が見舞いに来れば、「どうですか?」とか聞かれるんだから、まぁほとんどは「大丈夫です」とか「元気です」とか「ありがとうございます」とか言うんだろうけど、中にはちょっとしたグチをこぼす人だっているでしょ。

 普通の人間なら手紙を読んだり、グチをこぼされたり、悩みを打ち明けられたり、バンザイされれば、何か感じるものがあって、できる限りの反応をしようとするものだ。ただし、天皇はもちろんそうしてはならない。だからこそ、この制度は人権の侵害なのだ。あの一族に生まれたばっかりに。本当に気の毒だ。

 当然だけど、例えば「チャンネル桜」は山本太郎に辞職しろって言ってる。右翼的には、なぜこの行為が許せないかというと、つまり天皇の政治利用なんだということだ。
 天皇は政治的権力を持たない、という点は彼らも同意している。(そもそも持つべきでないのか、今は持たないほうがいいのかは別として)
 ただし、権力のない人にどんな要求をしたって意味がないんだから、別に構わないだろう、とはならない。その時彼らの頭には、明治憲法以前と変わらない尊敬や扱いを受けるべき「畏き天皇像」が浮かび上がるわけだ。実は今回、山本太郎の頭の中にも似たようなイメージがあったんじゃないかと僕は思っている。

 山本太郎のやったことは、言うなれば、暴力団対策法と、組織犯罪処罰法と、暴力団排除条例などなどで、ガッチガチに手足を縛られた指定暴力団の親分に、カメラの前で頭を下げ、手紙を渡したようなもんである。アホとしか言いようがない。そりゃあ組員から「なめてんのか!」って言われるさ。アウトレイジばりに(笑)。
 

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2012年12月18日 (火)

あそう?

 麻生が副総理になるんだって?バカも休み休み言え。
 英霊が、かつての戦士が戻ってきたぁ、とか思ってんのか?
 まぁ「もののけ姫」でそのセリフを吐いたオッコトヌシは既に狂っちゃってましたけどね。
 以下、拙ブログ過去記事。

2009年8月 3日 (月)

悲惨な戦い

 あの日に書こうと思いながら過ぎてしまったことだが、衆議院解散直前のフニャプク「懇談会」とやらで、麻生太郎が涙ぐんだ、あの発言の意味するところは、まぁそりゃ8割方、芝居に違いないだろうけども、それにしても僕は慄然とするところがあった。
 麻生が涙ぐんだときの発言はこうだ

 「わたしの願いは一つであります。是非,ここにお見えの衆議院議員の立候補予定者は,全員揃って帰って来ていただくことであります。そのために,我々は一致結束して戦う以外にありません。」

 鳥越俊太郎も翌日のテレビで指摘していたが、確かに口ではそう願っていると言いながら、実は目の前の衆院議員のほとんどが戻ってこられないことを麻生は知っている。いや、誰でも知っている。自民党はまさに死屍累々の選挙になるに決まっているのである。だから鳥越は、麻生は本当に涙ぐんでしまったのだ、とコメントしていた。僕はその真偽には何の関心もないが、解散後の記者会見で、「勝敗ライン」の質問を受けて、激高している麻生を見て、愕然とした。

 「選挙で負けた話を前提にして質問、ということに私が安易に答えることはできるとお思いでしょうか。(ここでブチギレ)選挙今から戦うんですよ。」

 兵卒には(もちろん議員が兵卒だというのは誤った置換であるが)帰りの燃料もないような特攻を涙ながらに強いておいて、国民には断固戦うのだ、と虚勢を張る。
 これは猪木の有名なアナウンサービンタ事件のパクリか、そうでなければ間違いなく「いつか来た道」ではないか。しかし数十年もすると、そういう指揮官がもてはやされたりもするのだ。いつか麻生が死んだ後に日記など発表されて、その時の薄っぺらい苦悩が、さも美談のように語られたりもする。事実、中川秀直の握手なんかまるっきしそれに沿ったアングルである。

 まさに悲惨な戦いであり、あの麻生の涙は真偽のほどに関係なく、この国の歴史にとっても絶望的な涙だったのだと言える。権力はまだそんな馬鹿馬鹿しいフィクションを根っこに持っているのか、と恐ろしくなった。

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もちろん僕らの日々は

 全くの余談として、結局僕は選挙が好きなのかもしんないな、などと自省してみる。
 
 もちろん、僕らの今日は、決して7年前のアホらしさと全く同じではないし、3年前の多少のザマァミロ感が全て失われたわけではない。

 とは言え、政局的に、今回の選挙によって、多くの人にとっては、絶望的な事態に至ってしまったのだろうと思う。しかし僕の絶望はもっと前から続いていた。
 マスコミは当たり前のように自公政権をとりあげるし、このIMEスタンダードの変換辞書でさえ、「自公」を候補に挙げるくらいにそれが当然になってしまっているが、公明党が創価学会を母体にしていることをみんな忘れてしまったのだろうか。それが「オウム真理党」や「幸福実現党」とどこが違うのか説明してもらいたいものだ。しかも現在の創価学会は、ずっと以前に日蓮正宗に破門され、三大秘宝が消滅し、血脈もない本尊を無理やり掲げ、それが悪名高き「顕正会」とどこが違うのか説明してもらいたいものだ。僕を含めた「信じない者」にとってはどうでもいいことだが、少なくとも宗教としての伝統はすでに失われ、由緒ある信徒団体から、単なる新興宗教団体に成り下がっている創価学会による政党が、当たり前のように自民党とくっついて政権の一翼を担うことをどうして受け入れられるだろう。

 福島第一原発の燃料はまだ、垂れ落ちた行方がわからず、使用済み燃料プールが屋根もなく曝され、30キロ以上離れた土地まで、放射線量は猛烈に累積していく。
 その取り返しのつかなさは、核戦争のそれと何も変わらない。地球を何回も破壊できるだけの核弾頭を、と米ソに呆れてみせたこともある人々が、同じことに目をつぶり、決して処理できない廃棄物を溜め続ける発電所を、もう一度動かせと言い張る。

 一体誰が望んだのかわからないような自衛隊の「国防軍」化。未だかつて軍隊が国民の命を守るための盾になったことなどないのに、人民解放軍は決して人民を解放してやしないのに。

 投票率なんて低くても構わない。そんなものが高い国にロクな国がない。絶望なら、もうそれはずっと続いている。政治に絶望した後で、本当の戦いが始まる。だからと言って、僕らは日常を変えない。

 この状況に唾棄するように、自分の好きなことだけ、やりたいことだけ考える、と僕の親友は開き直ったが、彼がそうすることは基本的人権であるし、そうしたところで何ひとつこの世の中は悪くなることはないから、貫いて欲しい。もしかすると誰もがそういった覚悟を決めるところから本当の民主主義が始まるかもしれないと思うほどだ。

 だから僕らは負けない。快楽に身を任せ、悪事に身をやつし、日常に身を埋めながら、必ずその時々に「本当の敵」を探し出してみせる。

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2012年12月17日 (月)

7年前

7年前の選挙が終わった夜、僕はこのブログで以下のように書いた。

2005年9月11日 (日)

夜が明けると

 これで夜が明けると、300人も自民党の議員がウヨウヨしてたり、何人だか知らねぇけど30人くらい?公明党の議員がその後ろをホイホイついていくのかと思うと、もうこのまま目が覚めなきゃいいのに、と思っているであろう同志の皆さん、おやすみなさい。

今もまったく同じ気持ちだ。すでに夜は明けてしまったけれど。


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2011年9月30日 (金)

AIRJAM2011

 9月18日、午前10時。僕は娘と二人、横浜スタジアムに着いた。友人が招待してくれた「AIRJAM2011」に来たのだった。
 招待券をリストバンドと引き換えた後で、安い駐車場探しや飲み物調達のために、周辺をウロウロした。スタジアムの外周を取り囲むようにしていた入場待ちの行列にも驚いたが、近辺のコンビニ前にたむろする人々の多さも相当なものだった。
 11時の開演に合わせてスタジアムに入り、まずは3塁側の外野スタンドにある招待者用席に、娘と並んで座り、眼下に広がる人々を見た。それだけで、僕は今日ここに来た意味があったし、もしかするとこの第一印象はずっと、僕の心を占めつくしてしまうかもしれない、と思った。そして実際、僕はずっと、ひとつのことだけを考え続けていた。
 東日本大震災の発生以来、テレビやインターネットで様々な映像を見てきた。その一片がハッキリと思い出された。
 ちょうど、僕と娘が座っている外野スタンド中腹のあたりから、あの時、東北・太平洋沿岸に住む人々が、津波に飲み込まれようとする街に向かって、大声で叫んでいる映像だ。早く逃げろという声、ただ眼前の光景が信じられず「あぁー」と嘆く声。
 僕らがいる招待者席はまだ日差しも強く、ほとんど観客がいなかったけれど、アリーナとその他のスタンド席には、そのときでも恐らく2万人近い人がいたのではないかと思う。3月11日の震災発生当日からその日まで、僕はこれほど多くの人の集まる場所に来たことがなかった。
 現在までに報道されている震災による死者は1万5000名以上、行方不明者は4000人近いという。
 僕は思わず、アリーナから視線を上げ、スタンドに座る人々へもグルリと周囲を見渡した。そこに集う人々の表情、服装、動きが、遠近入り乱れて目に入ってくる。雲ひとつない空の下で、どこにでもフォーカスを合わせることができる。そして―。
 この震災で失われた命の数とは何なのか。そう考えると慄然とした。それまで「数え切れない」「未曾有」などとアタマのどこかに追いやっていた現実を突きつけられた気がしたのである。
 横に座る娘は持参した水筒からガブガブと水を飲み、スナック菓子をほおばっていた。

 オープニングアクトの磯部正文BANDの演奏が始まるとすぐに、アリーナの人々が波を打ち始めた。その波の上をステージに向かって、何人かが流されていく。クラウドサーフィングとはよく言ったものだ。ステージ手前の柵を越えると、両腕を突き上げながら観客の前を横切り、また人々の中へ戻っていく。それを何度も繰り返し、人々の波はやむ事がない。
 友人から事前に用意しておくように言われた耳栓を娘につけさせた。それでも初めて全身に感じる大音量に、娘は手を叩き、足を鳴らして、僕に笑顔を見せた。
 正直、僕にとってもどれもが初めて聞く音楽ばかりで、次々に出てくるバンドの中にはいいなぁと思うものも、そうでないものもあった。ただ、周囲の人々をじっと見続け、僕が今ここにいることの意味は確信に変わりつつあった。
 2時間もしたら、娘は飽き出した。これは親バカに違いないが、昔から娘は飽きてもグズることはない。そばにいさえすれば、テキトーにやりすごすことができる性格だ。食事をしたり、バックヤードで昼寝をしたり、メッセージボードを書きに行ったり、夕方近くになってフェイスペインティングを予約したりした。子供連れの観客のために、主催者側が配慮してくれた仕掛けをふんだんに利用させてもらった。
 開演から約8時間、すでに日も暮れ、招待者席も満席になり始めていた。娘のリミットも近いと思ったが、頬に描いてもらったエアジャムのロゴを、誰かに見てもらいたいらしく、それとなく誇らしげにしていた。
 BRAHMANの演奏が始まった。観客は恐らく3万人を超えていたのではないだろうか。僕の頭の中をめぐっていたのは、ずっと同じことばかりだった。
 ボーカルの男性が、ステージからアリーナの人々の波へ身を任せた。そして上半身を起こし、訥々と話し始めた。その内容に誰もが叫んだ。僕も叫ばずにいられなかった。ありふれた賛否の表明ではなく、ただ叫んでいた。その時、僕は幽明はひとつになったかもしれないと思った。

 もちろんウソまみれの原発から、放射能は、その日も終日、僕らの頭上に降り注いでいたことだろう。時折、僕の前を通過する若い人々が曝す刺青の肌に目をやりながら、自分の娘の行く末を思ったりもした。
 そのときばかりは、それらがどうでもいいことのように思えた。

 いよいよHI-STANDARDがステージに現れた。場内の熱気が完全にピークを迎えたとき、娘の口から「早く帰ろう」という呟きが僕の耳元にもれた。終演まであと30分かそこらだろうと思った。しかし、来場から9時間、今に至るまで、娘が「帰ろう」と言ったのはそのときだけだった。
 帰ろうと言って、帰れない子どもたちが、かの地には今もどれくらいいるだろうか、と僕は思った。そしてそこには、そうしてやれることのできない親も同じだけいる。
 だから帰ることにした。決して明るくはないかもしれない未来が、必ずしも僕のせいだとは思わないけども、もしも背負うことが可能な「責任」とやらがあるのだとすれば、子供にしてやれるのはこのくらいしかないかもしれない。
 その瞬間、会場を去っていく者は誰一人いなかったろう。スタジアムの外周にも人が溢れ、漏れ聞こえてくる曲に合わせ、皆が大声を上げていた。
 僕ら親子に悔いはなかった。つないだ娘の手は明らかに眠い熱を帯びていたが、会場を出たとたんに笑顔を取り戻し、また来ようねと言った。
(このエントリはしばらく推敲を続けるつもりでいます)

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2011年9月 1日 (木)

「きゃりーぱみゅぱみゅ」の衝撃


デイリーポータルZ

ブログネタ: 【賞品付き】もう若くないと感じた瞬間は?参加数

 こういう形で記事を書くことはなかったけど、最近これもまた本論とは別に「もう若くない」と感じることのひとつとして、なんでもスラスラ書くことができなくなってしまって、今更ながら練習のつもりで色々なお題に挑戦してみることにした。

で、せっかくなので【賞品付き】のにしてみた。しかもiphoneから入力。

 実はそもそも、自分が年をとったとか、おじさんになったという自覚が、僕にはあまりない。それは決して心身が若々しいということでなく、人生経験が浅薄だというコンプレックスの為だと思っている。だから、周囲の同世代が、「もう若くない」と口にする度に、自分も年齢だけはそうなんだ、と気づかされるという具合だ。

 そんな僕だが、先日、あるメールマガジンを受け取った時に、ちょっとショックに感じることがあった。内容はごくごくくだらないゴシップなのでどうでもいいのだが、そこに取り上げられていた「きゃりーぱみゅぱみゅ」という人のことを全く知らなかった。その完全な知らなさ加減に愕然としてしまったのである。

 テレビをはじめとしたメディア関係のことで知らないことなどいくらでもある。しかしそれらは、これからブレイクするとか、一部で大人気というようなものであって、別段気にすることもない。

 もちろん、あやしいメルマガのやることだから真偽を問題にする気はないが、「きゃりーぱみゅぱみゅ」にそんな過去が、という内容にニュース価値があるのだとすれば、その前提として、何かひとつでも彼女に対する情報を持っていなければならない。

 僕は完全なテレビ中毒だから、今まで心の中でだけは、そういうことを大抵知っている自信があった。別に何かをコメントできるレベルではないんだけど、「あぁ、あれね」と内心でつぶやくくらいのことはできるつもりだった。

 でも「きゃりーぱみゅぱみゅ」については、本当に想像の欠片も浮かばなかったものだから、だいぶ長くなったけど、「もう若くない」と思い知らされたのでした。

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2011年8月31日 (水)

どうでもいい「油断」

 久しぶりのブログ更新で恐縮だが、まぁこのことは書いておこうかなと思った。

 とても世話になった人が病に倒れ、転院のための送迎を引き受けた。その人とは党派の別なく(と言ったところで、現在の僕に特段配慮する党派性はないのだが)政局のことや、社会情勢について語り合っていたので、政権与党の代表選挙が行われるというその日は、車のラジオをつけっぱなしにしていた。

 正午をはさんだ時間に、野田の演説があった。僕はタイトルどおり、どうでもいい「油断」をしていて、彼が選ばれるなどと思っていなかったものだから、「ん?」と違和感を感じた演説内容を聞き流すつもりであった。

 野田佳彦は司馬遼太郎・藤沢周平・山本周五郎といった作家の時代小説から政治を学んだと言った。
 僕は油断していたから、それは別にいいんだけど、と思ったのだが、首相になるんなら、ちょっと話が違う。
 野田に限らず、政治家に明治期以前の人物やエピソードを取り上げる場合が多いように思うが、彼らは「民主主義」というものをどう考えているのだろう。
 夢や志や人情、まぁそんな言葉を並べ立てるけど、民主主義は尊重すべきだと思っているのだろうか。
 それとも「名君の親政」みないなことを、今さら理想にしているのだろうか。

 もちろん今後の実態を見ていかなければ、どうでもいいことだけれども。

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2011年3月19日 (土)

震災メモ3

 快癒した娘が、翌日の卒園式を楽しみにしている水曜日、今度は僕のインフルエンザが発症し、40度近い熱にうなされていた。

 突然だが、皆さんは「女王」という文字をワープロに出すために(あるいは音読するときでも良いのだが)、キーボードにどのように打ち込むだろうか。

 公民館の事業で、近所の人にパソコンを教えていて、この単語にぶつかり、僕は「じょおう」という読み方以外にない、と確信していたのだが、「じょうおう」というように打っても「女王」と変換されるし、しかも年配の生徒さんの中には「じょうおう」が正しく、「じょおう」など聞いたことがない、という人がいる。コレには驚いてしまって、帰宅後すぐにネット検索を始めた。これでも僕は国語で高校教員の免許を持っている(笑)。

 それを調べているときに出会ったのが「庄内拓明の知のヴァーリトゥード」というブログで、読みすすめていくうち、僕はこのブログの大ファンになってしまった。

 いささか回りくどい紹介になってしまったが、インフルエンザの間に僕が書こうと思っていたことが、このブログには載っているので、ぜひおすすめしたい。特に官房長官が仙石でなくて良かった、というのと、石原の妄言はカルト教団のそれと何ら変わりないというのは、まったく同じことを書こうとしていた。

 最近のエントリでは「庄内拓明」さんの、身内の方が、この震災で亡くなられたという記述もあった。
 ご冥福をお祈りします。

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